現 実 と 人 生 の カ ラ ク リ

かまう事や煩わしさ…そして執着へ

【私達(アバター・Aの世界)】が体験する全ての事に潜んでいるものを観(み)て観ましょう。


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かまう事や煩わしさ…そして執着へ

【私達(アバター・Aの世界)】が体験する全ての事に潜んでいるものを観(み)て観ましょう。


今回は【私達(アバター・Aの世界)】が体験したり五感を通した認識を通しどのような形で意識されているのかを多少突っ込んだ観(み)方をして冷静に観察して行こうと想います。

日々、【私達(アバター・Aの世界)】は一体何を認識しているのかを淡々と観(み)る良い機会となります事を願っています。

そこには【感情】を超えた部分で【本当の自分(純粋意識・Bの世界)】が仕掛けた大きな意図が観(み)え隠れしていますので何かのヒントにして頂ければ幸いです。


【私達(アバター・Aの世界)】が日々生活してあらゆる事を体験し【人生】という時間を生きていると表層意識で感知→認識して【生きている】と体験しています。

それは紛れもない【事実(顕在・潜在レベル)】で揺るぎの無いものになり疑いの余地もありません。
【私達(アバター・Aの世界)】は【唯(ゆい)】という【物体(もの)】認識を認識する時には過去の連続した膨大な経験データの繰り返しの反芻によって確立した事実に気付く事すら叶いません。

別章【現実の仕組み】及び【意識と心の仕組み】各章にも記載していますが【私達(アバター・Aの世界)】【物体認識(もの)】を認識する時には五感という大変優れたセンサーを使用し総合的な【識(顕在・潜在レベル)】で統合を図ります。

例えば【皆様(アバター・Aの世界)】が情報端末である携帯電話。
これは【認識】という段階では以下の様な事が起こります。



先ず手に取る事で…
【視覚】を通して認識し【視覚情報】を習得。
【触覚】を通して認識し【触覚情報】を習得。
この段階で気付いてはいませんが多少なりとも…
【嗅覚】・【聴覚】・【味覚】は使用していない様にも想われますが実際は過去のデータ(経験上)から既に…

【これはこういうモノ(物体)である】という事を認識しています。

その証拠に赤子は携帯電話を渡そうものなら五感をフルに使用して認識行動に出るからです。
幼児を抱える方であればその行動を日々垣間観(み)ていると想います。
何故なら【何かを与える】と直ぐに幼児は…【見て・触り・咥(くわ)え・匂い・聴く】事をダイレクトな行動を取るからです。



そうして【私達(アバター・Aの世界)】の【経験(体験データ)】を蓄積していくからです。
ところがこの【情報集め】という行動は【量(データ容量)】に比例して【ある事】が起きます。

それは【情報】の【共有化】とも言うべき【仮想体験】というもの。

【私達(アバター・Aの世界)】はその経験・体験という【情報データ】を元に次なる経験や体験を【過去の情報】に照らし合わせて【仮想範囲】での【経験】や【体験】を否応無く当て嵌めて【新たな体験・経験】として認識していくのです。

これは【Aの世界(アバターでの世界)】で【より効率良く】そして【より合理性高く】活動して生きていく為に施された【システム】として採用して行きました。

それにより霊長類の最たる種族に特化され、何よりも【私達(アバター・Aの世界)】でのドラマを複雑化しより多様性の富んだ【生き方】としたのです。


所が、この【システム】は単なる【生存(生きていく根源の意)】のフィールドでは非常に優れているものですが【システム】事態に【突き詰めていく自動性】が在る為にある一定の環境適応には大変優れていますが【本来の目的(【本当の自分(純粋意識・Bの世界)】)】としては疑問を抱える不具合が残るのです。

それは【体験】という【プロセス】が薄れていく事。
平たく言えば【何かを味わう(体験)】というプロセスが失われつつあるという事。


それもその筈。
【双六】や【人生ゲーム】に例えれば解り易いですが…

サイコロを振り…
進んだマスに留まり…
イベントをこなしていく…



当初は一喜一憂し、それを【体験】していたのですが【効率】や【自動化】という【手間省き】がサイコロを振るのを自動化し【体験】を【映像】で【ただ眺める】作業になり…

最後には【勝敗】や【結果】に対して幾億千万の情報を得て行く内に次第と【退屈】になっていくのです。
そして【ある疑問】を抱えるに至るのです。


【何か退屈でこれで良いのかと…?】


ですが蓄積された【データ】や、それに付随する【感情】はそれを良しとしません。
無理矢理に拒絶したり隔離したりしようとするものならば、忽ち【内部反発】を体験します。
それが統合されていなければ、殊の外【ジレンマの極み】を体験するでしょう。

ココで言う【ジレンマの極み】とは【私達(アバター・Aの世界)】の人生において【ある一定の方針】の方向性を変えたり【生き方の意向】を変えたりと試みる事と認識して結構です。

すると【初歩的な問題体験】をされる方が殆どです。
それは【内部抵抗】を体験されるからです。
これは人生に於ける【表層的観点】からアプローチして行くと老若男女問わず全員嵌る【登竜門】の様な関所です。

始めはそこで自然と【篩(フルイ)】に掛けられます。
その基準は非常にシンプルです。
それは…


【己を知ろうとする】かどうか…。


方法はこの世の中【Aの世界(アバターでの世界)】に数多くあり、それぞれに確固たる根底の理由がしっかりと在る筈なのですが…

人はそれを【表面上のニーズ】でしか実行しません。(それが一般的です。)
ですが深い所で【核となるニーズ】で取り組むと行きつく先は【皆同じ】という所が観(み)えてくる様になります。
その時、初めてその方法(ノウハウ等)の深い部分を学ぶ事になるのです。

【私達(アバター・Aの世界)】は不思議と生きていく上で多くの【情報】を獲得し体験しそして【生きている】錯覚を心行くまで味わっているのですが…
いつの間にか【新鮮さ】を失ってしまいました。

それに嫌気が差しているのですが中々その【原因】や【核】について目を向ける機会に気付きません。
ですが気に病まないで下さい。

実はココからが本題なのですが【気に留まる】事や【煩う】事…
そして人生に関わる【ジレンマ】等は上記の話を含め【私達(アバター・Aの世界)】に備わっているシステム以上に別の観点で観(み)れば意外な事実も在るのです。


その観点とは【Bの世界(純粋意識・本当の自分)】での観点。


【私達(アバター・Aの世界)】のシステムでは言わば【生存競争】における行き過ぎた過剰なる【情報習得】からなる【感情】も同時に巻き込んで抱え込んでいる状態で身動きが取れなくなって【情報整理】や【統合】が難しくなっているだけなのですが、それは【Aの世界(アバターでの世界)】でのシステム上の【仕組み(カラクリ)】なのです。

【Bの世界(純粋意識・本当の自分)】の側から観(み)れば意外な事が解ってくるのです。
それは…


【皆様(アバター・Aの世界)】がそれぞれ【採用】したり【抱え】たりする【体験】を通して【習得】している【情報】は…

楽しい…
面白くない…
嬉しい…
辛い…
楽…
苦痛…
全ての感情や体験に関わらず…

【興味】を示す所に【フォーカス(焦点)】しているからです。



御注意下さい、これは【皆様(アバター・Aの世界)】に向けて言っているのではありません。
この文面に関わる【湧きあがった感情】は一先ず【傍らへ置いて】行かなければこの先には残念な事に進めないのです。

【Bの世界(純粋意識・本当の自分)】の分野で、この【興味】と【フォーカス(焦点)】は在る事を気付かせてくれています。
1つの【情報分野】とそれを感知・認識する為に【センサー】をフィールド(場)に置く事で否応無しに【体験】可能という事です。(経験データは別として…)

これを簡略化して説明するのに非常に解り易い例を挙げるなら【カメラ】や【ビデオカメラ】が良いと想います。

【カメラ】も【ビデオカメラ】も基本概念は同じで【映像】を記録する媒体です。
違いは然程は在りませんが単に【短続】か【連続】の違いです。

現象を単に【単体】で【記録】しておくのが【カメラ】でそれをパラパラ漫画の様に【連続】して【記録】しておくのが【ビデオカメラ】とココではシンプルに考えて頂ければ結構です。(実際には音声も録音されますが…)
(例 ユーチューブで【パラパラ漫画】で検索。)
ほんの一例 ←クリックして見て下さいw(ユーチューブかっこいいCM)


【Bの世界(純粋意識・本当の自分)】ではこの【情報】という本質世界において【概念】や【観念】という【条件】を設定し【情報】に【区切り】を付け、凝縮させ【センサー(例:五感認識等)】にヒット(ONかOFFで反応出来る様に)する状態までにした上でその【情報】を捉えます。

言わば【カメラ】のシャッターを押した様なものです。



それを【連続】としたものを繋ぎ合わせる【概念】とも言うべき【時間】の採用で【ビデオカメラ】の様に紡ぎ出したのが【人生】と言うべき【現象】なのです。
更に【時間】という始原の【概念】である【因果律】の採用で【辻褄】を確立させそこに【体験】から成る【感情】を付加する事で【観念】という【付加的情報】を確立させるのです。

そうする事で【皆様(アバター・Aの世界)】が各自のアイデンティティとも言うべき【自分自身(アバター・Aの世界)】を形創るのです。
別章【感情とは?】を参照。


ココまで読み進めた方の中には『あっ!』と気付かれた方も居られると想います。


そーなんです…
ココでは【カメラ】や【ビデオカメラ】のシャッターや録画を例に出してはいますが実の所【Bの世界(純粋意識・本当の自分)】では【情報】の一切を含んで漂っています。
それを世間では一般的に【混沌(こんとん)】と言います。

具体的に言いますと【区別や境が無く混じり合った】という状態です。
それを【私達(アバター・Aの世界)】は各人の採用しうる【概念】とも言うべき【条件】で【分離】させ設定に反応する【センサー】で捉えて【イメージ(画像)】として認識しているに過ぎません。

そこに【感情】という【締約媒体】を用いる事で【記憶】し、【自分自身(アバター・Aの世界)】の【殻】であるものにひたすら蓄積しているだけなのです。


そして先程、『あっ!』と気付かれたのはこの先の事でしょう…
『それじゃあ楽しい事も…辛い事も同じなの?』という気付き。



答えはYES。
正解ですw

実は【皆様(アバター・Aの世界)】とってポジティブだろうがネガティブだろうが同じプロセスを踏んでデータを集積し【記憶】を一瞬一瞬積み重ねています。

また注目すべきなのは【集め、積み重ねたデータはデータ同士のリンクが発生する】という事。
これが【内部形成】になり【Bの世界(純粋意識・本当の自分)】で各人各様の【Aの世界(アバターでの世界)】をより深く【体験】が出来るのです。

【殻】とも言うべき【各人各様(アバター・Aの世界)】の中に【現象(画像)】を定着させるのに必要な【感情】をセットにして【殻】に固定する事を世間一般ではこれを【執着】と言います。

【執着】と一言で言っても世間ではあまり良い意味では解釈されませんが、この様なシステムという【カラクリ(仕組み)】側から観(み)れば【善/悪】【貴/賎】【美/醜】【正/誤】【難/易】【長/短】【明/暗】【高/低】【麗/汚】【優/劣】と言った【差】は一切無関係なのです。

【関係が無い】と言うと戸惑う方も居られると想いますが【創造】という【Bの世界(純粋意識・本当の自分)】の側から観(み)れば【楽しみ】も【苦しみ】も同じ【性質】を有しています。

つまり【執着】とは基本的に【皆様(アバター・Aの世界)】がより一層この【Aの世界(アバターでの世界)】を没頭し深く味わう為に確立したものであるという事なのです。


以上のシステムを常時自動で行い膨大なデータを蓄積して行く先には何が在るのでしょうか?
この【答え】を求める時期はいずれ誰もが訪れる【サイン】が不思議な事に例外なく【皆様(アバター・Aの世界)】に備わっています。


さて…話が長くなりましたがココである疑問が湧きます。
それは…


『じゃあ… その【執着】のループから脱出するにはどうすればいいの?』という疑問です。


この疑問に対する【方法】というノウハウは世間で多く公表されていますが【システム(仕組み)】を理解した上で明確になっている最も認知されているのは以下のものが【皆様(アバター・Aの世界)】が知る所でしょう。

○ 新たにデータを強制的に【上書き】し続ける。
○ 現在のフォーカスしている事を【飽きる】まで味わい尽くす。
○ 蓄積したデータに付随している定着媒体である【感情】を取り除く。

この3つが一般的に普及している認知度の高い【方法(ノウハウ)】と知られています。


この章ではザックリと簡素に説明しておきますが誰もが実践度の高いものばかりです。
ですがあくまで【※験解】にて実践される事を御勧めします。
(※【実践】を通じて【体験】し【理解】を深めていく造語。以下【験解】)

一番拙いのは【知識レベルで終わらせる】事であり解った気になってスッキリ感を得ても本来の根幹に取り組まなくては意味を成さない残酷な面もあるのです。
そこをシッカリと押さえておくことが肝心です。


では順に説明します。

○ 新たにデータを強制的に【上書き】し続ける。

これは【アファーメーション】【刷り込み】【引き寄せ】に関してのものです多少、意味合いにニュアンスに関して誤差やズレが在るでしょうが【システム(仕組み)】の面から観(み)ると良く分かると想います。

意図的に上書きデータを蓄積して行くと【内部(顕在・潜在意識)】でジレンマを経験してしまい現象段階で【場】が荒れる事もあるが一定の期間をクリアして行くと統合が完了して【書き換え】の段落を経験します。

欠点としては【場】が荒れる期間中に理解不足から放棄したり諦めたりする経験を積むとより一層、以前に採用している【概念】を強化する事になる。
実は【私達(アバター・Aの世界)】は特別この様な事をしている訳でも無く常日頃、何かを習得・学習・練習・鍛練等で【出来ない事】を【出来る様になる】プロセスという段階を普段何気なく経験しています。

ただ覚えておかなければならないのは【データ入力】におけるのも【感情】が必要になりますので結局の所【別のループへ移行するだけ】になる事も覚えておきましょう。

さらに以前に蓄積したデータが【プログラム(以下PRG)化】して孤立し独自に防衛する場合もあり統合を妨げ独立した領域を組む場合もあります。
統合失調症多重人格等が特に解り易い例とも言えるでしょう。



○ 現在のフォーカスしている事を【飽きる】まで味わい尽くす。

世間で言われる【味わい尽くす】というカテゴリーです。
誰もが一度は経験がある事で…
『やるだけやった…これ以上は出来ない』
『全部出し切った!』
『トコトンまでやった!』
『一度は地獄を見た…』
『焦ってもしょうがない…』
と言った部類です。

多少意味合いは違いますが何かの有名な言葉で【莫煩悩(ばくぼんのう)】という言葉がありますが【物事のフォーカス】が行き過ぎると【飽き】が生じ【感情】に定着する力が失われる場合に起こる現象です。

禅の格言だったでしょうか?…定かではありませんが…
『諦める事で豊かさが流れ込んで来る。』と言ったニュアンスもこの部類に入ります。
それもその筈、【分離抵抗】と統合が起こる事で【現象】自体が起これない状態になるからであり、それまでブロックされていた情報が新たに流れ込んで来る為に【私達(アバター・Aの世界)】の目前に違う展開が突如起こるのはこの為で【陰陽反転】もこのカテゴリーに分類されます。



○ 蓄積したデータに付随している定着媒体を取り除く。

これは現実の【創造プロセス】や【システム(仕組み)】を理解した方には非常に解り易い方法とも言えるでしょう。

【定着媒体】である【感情】を観(み)る事で【記憶】という【情報(データ)】を単なる【情報】として扱う事により【自分自身(アバター・Aの世界)】の【殻】に対するアイデンティティの【制限】を解いていく方法です。

実は【瞑想】というのは基本的に深い所で【思考】を止めて【感情】を【観(み)る】という一般的には理解レベルでは解らない【体験を通じた】極めて有益な手段です。

古来から日本という国は【精神世界】や【武士道】を重んじ【(基本的には)無宗教】で人との繋がりを重視してきた不思議な国です。
昭和の授業(義務教育段階)では【道徳】を採用し【察し】や【思いやり】といった目に見えないものを扱う教育がなされていました。

『他人を見て自分を見る。』
『他人は自分の鏡。』
『他人の振り見て我が振り直せ。』
『気回し・気配り・気が付く』
『一を見て十を知る』
『罪を憎んで人を憎まず』

と言った【情報】を観(み)る術から内に潜むものを観察すると言った【観(み)る】という事を自然と早い段階から学んでいました。

現在は【成果主義】の考え方に傾向が傾いていますが私(卵P)はそんなに危惧してはいません。
最終的には潮の満ち引きの様に【Aの世界(アバターでの世界)】である【物質】と【Bの世界(純粋意識・本当の自分)】である【心・精神】という繰り返しを我々は純粋に楽しいんでいるに過ぎません。

ちなみに当サイト【現実と人生のカラクリ】で御紹介している別章【心と意識の洗濯】はこの部類に属す様ですw
              (゚听)ヘー・・・  ←他人事www




そんなワケで長々と綴りましたが今回の章はこれにて終了とします。
そして他の章も併用して閲覧されると何か気付きが深まる事と存じます。
また、この様な気付きは時差もありますので時間を置き何度も熟読されて頂ければ幸いです。



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