現 実 と 人 生 の カ ラ ク リ

思考の根幹

【私達(アバター・Aの世界)】が【望み】・【願う】裏側には何があるのでしょうか?


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思考の根幹

【私達(アバター・Aの世界)】が【望み】・【願う】裏側には何があるのでしょうか?


当サイト【現実と人生のカラクリ】での【心と意識の洗濯】に寄せられる最も多くの御質問の中に【ノウハウ】に関する疑問があります。
詳しくは【心と意識の洗濯】各章を御参照下されば幸いに想います。

そこで【観(み)る】という事について少し掘り下げて観(み)たいと想います。
多少、内容が濃くなりますが御付き合い下さい。


では始めます。


当サイト【現実と人生のカラクリ】では人生をよく【ゲーム】として喩えたりします。
近年の【人生ゲーム】はボード式もありますが【家庭用ハード】や【携帯アプリ】等のコンテンツでかなり作り込まれて販売されています。
私(卵P)も幾つか遊んで観(み)ましたがとてもシッカリ作り込まれています。

特に人生のイベントで彼女や配偶者のグラフィックも観(み)れる事から色々と理想の伴侶選びにはリアルな現実からの意味合い(影響もあり)で感情移入は誰もが在る事でしょう。
どの【ゲーム】も製作者の【こだわり】という側面が伺えます。

その最たる【こだわり】と言うのが【難易度】とも言うべき【仕掛け】。
これが【私達(アバター・Aの世界)】の【のめり込む】確固たるスイッチとも言えるのです。

実は【私達(純粋意識・Bの世界)】の目的は基本的に【体験】から生じる【臨場感】とも言うべきリアルな【感覚】を【体験】したいが為に存在しています。(クドイ言い回しですが…)

何故なら【Bの世界(本当の貴方での世界)】では【自分自身(純粋意識・Bの世界)】【概念】や【境】という経路(表現が難しいですが)が無い為に【意図】した時点でそれが【存在】してしまうからです。

イメージがかなり困難ですが【私達(アバター・Aの世界)】の世界で言えば【意図】した時点で【それを実現してしまう】事に相当します。
例えて言えば【人生ゲーム】で初期段階から所持金に上限がなく幾らでも【お金】がある状態でルーレットの制限無く、好きなマスを自在に移動可能な状態であり、しかも参加人数は自ら1人といった具合です。

コレはとても遣り甲斐の無い事、この上ありません。
直ぐに飽きてしまいます。
どうすれば飽きないのか?
どうすればのめり込めるのか?
製作者は考えます。


その答えは単純なものです。
それは【想うようにならない様にする】事。

この答えは画期的でした。
プレイヤーに【分離】【制限】を設け更に【時間概念】【因果律】を課せる事により【道のり】という【プロセス】を【体験】出来る様にした事。

別章【ゲーム製作】にも記載した事ですが【私達(アバター・Aの世界)】に設定した【概念プログラム(以下PRG)】【観念PRG】により【個】という設定が【Aの世界(アバターでの世界)】をよりリアルに誘うものであり盲点的(スコトーマ)なトリックとも言えるのです。

元来【Bの世界(本当の貴方での世界)】では【意図】したものが瞬時に【達成】…と言うより【意図】の時点で【存在】に変わるという意識は無く、表裏一体の【イコール(=)】という【そのもの】だったのが、【Aの世界(アバターでの世界)】では【分離】【陰陽】の【仕掛け】による【個】に相当する存在(【私達(アバター・Aの世界)】)そして設定されている事に気付かなくてはなりません。


その【個】たるや【意識(純粋意識・Bの世界)】のフォーカス(観察対象)となった時点で既に図の様に【陰陽】【分離】設定しているのです。
また、クドイ様ですがフォーカスの【度合い】によって【対象】の大小に関わらず【表裏一体】の【個】は1セットになって【存在】します。
この時、観察者の【設定PRG】に準じてフォーカスしているので【陰】の部分に必ず【支え(バランス)】を取る【仕組み】が【存在】する様になるのです。


【私達(アバター・Aの世界)】の中には稀にその【システム】に気付く者達が次第に現れたりもする様になります。
【プレイヤー】レベルが多岐に存在する様に【一つの楽しみ方】として【この様な手法(遊び方)】があるというニュアンスです。


その手法とは【個】という【対象】に【色】を重ね塗りし【個】の【種】を変化させるもの。



中には上手く行ったり、行かなかったりする【プレイヤー】もいます。
さらに別の【プレイヤー】が新たな【楽しみ方】を観(み)付けます。
その方法とは【対象の陽の部分を大きくして変化させよう】と心観(み)ます。



中には上手く行ったり、行かなかったりする【プレイヤー】もいます。
さらに別の【プレイヤー】が新たな【楽しみ方】を観(み)付けます。
その方法とは【対象の陰の部分を消してみよう】と心観(み)ます。



中には上手く行ったり、行かなかったりする【プレイヤー】もいます。
さらに別の【プレイヤー】が新たな【楽しみ方】を観(み)付けます。
その方法とは【観察者のフォーカスする光の質を吟味しよう】と心観(み)ます。



中には上手く行ったり、行かなかったりする【プレイヤー】もいます。
その内に上手く行かなかった【プレイヤー】は【ジレンマ】に陥ります。
何故でしょう?


答えは非常にシンプルです。
上手く行った【プレイヤー】達はこの【システム】を熟知していたのです。
ですがその【システム】を知らずして【お試し】していた【プレイヤー】達は、その【ノウハウ】自体に疑念があるままに挑戦し、更に【設定】を強固にしてしまっているだけのものなのです。

全ての【遊び方】や【楽しみ方】には揺ぎ無い【一貫性】があり、どれも【システム】に則ったものなので【善/悪】【貴/賎】【美/醜】【正/誤】【難/易】【長/短】【明/暗】【高/低】【麗/汚】【優/劣】等は一切ありません。

ただ言える事は【マスタープレイヤー】達は【対象】に対して…【既に【個】には【存在】している時点で表裏が分離状態で一体になっている】という事を熟知した上でアプローチしている為に変化が起し易いだけなのです。

巷に出回っているあらゆる【ノウハウ】とも言うべき【手段】はとても画期的で大変、理に叶うものです。
ですが残念な事に【私達(アバター・Aの世界)】は、その【側面】しか理解レベル(頭だけ)で判断しがちです。

闇雲に一直線で貫徹出来る【鉄の意志】を持った方は非常に稀で殆どの人が【疑念】や【疑問】を持ったまま【お試し】の【実践】を行い足が止まったり挫折してしまうのは【システム】を観(み)ていないからです。

ちなみに貫徹している方達の殆どの人は知ってか知らずかは解かりませんが【実践】を通し【※験解】している為、この事実を話すと一様にある台詞が帰ってきます。
(※【実践】を通じて【体験】し【理解】を深めていく造語。以下【験解】)
それは…

『そうそう!そこに気付くまでは大変だった!』
『結局、手法が(観(み)方が)違うだけでシステムは同じだった。』
『解かればどれも効果はある。』
『誰もがこのトリックに陥る可能性はある。』

と納得されます。


最後に一つ例題を出して皆様に気付いて頂きましょう。
ヒントであり答えでもあります。
そして当サイト【現実と人生のカラクリ】の各章に全てリンクしており別のニュアンスや観(み)方を変えて綴っていますので熟読されて下さい。


【私達(アバター・Aの世界)】が何かを望むとします。



では【表裏】の【表(陽)】を【裏(陰)】で【支える(辻褄を合わせる)】ものとはなんなのでしょう?

では簡素に提示します。









この様に【私達(アバター・Aの世界)】が【個】というものを得た時点で【表裏一体】が1セットなのです。
それはあたかも【磁石】の様なもの。

切っても切り離せず…
付け足しても補っても消えず…
細かく砕いても存在します。




もう御気付きの方は居られると想います。
コレが解かってくると【皆様(アバター・Aの世界)】が今まで行ってきた【ノウハウ】の【質】が変化(改善を加えて実践)して来ます。

更に【私達(アバター・Aの世界)】が採用している【概念PRG】の最たる部分(【時間概念】【因果律】)を【験解】した上で自然と正確且つ健全に取り組む様になっていくのです。

本当の意味で【ワーク】に取り組む【実践者】には誰一人【罠】に嵌らない経験を持った方はいません。


そして【実践者】の皆様は常に暖かく似た様な言葉を送ります。

【常に【自分自身(アバター・Aの世界)】と向き合いましょう。】と。




その内に別章【人は実際の所、迷っていないという事実】や…
【現実の仕組み】各章
【人生の仕組み】各章
【意識と心の仕組み】各章
にも次第に繋がる(全てに気付く)感覚が出来て来る事でしょう。


そんな【ワーク】に真摯に取り組む【実践者】の方に私(卵P)はエールとして有名な言葉を送りたいのです。


【 孤独に歩め。

    悪をなさず、求めるところは少なく。

              林の中の象のように。 】



【システム】を熟知し、真に【ワーク】の行き着く所まで行けば日々の生き様に【何も求める必要も無く、何も望む必要が無い。】という本当の【自由】という意味が解かります。(※注意 よくある誤解ですが【無欲】とか【滅欲】という話や意味でもありません。)
この事の【凄さ】を【体験】する事は本当に【人生を謳歌する】という事なのです。




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