現 実 と 人 生 の カ ラ ク リ

ワークの実践中にタブーをしない。

【私達(アバター・Aの世界)】がワークを実践している時に起こりうる事に注意しましょう。


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ワークの実践中にタブーをしない。

【私達(アバター・Aの世界)】がワークを実践している時に起こりうる事に注意しましょう。


今回の章ではワークを実践する方々へ綴らせて頂きます。
その最中で孤独に歩まれる方やメビウスループに陥る方々に【ある種の気付き】になれば何よりも幸いに想います。


なお、文面・文言等に感情面でノイズが入り易いとは先に御報告させて頂きますが常に【善/悪】【貴/賎】【美/醜】【正/誤】【難/易】【長/短】【明/暗】【高/低】【麗/汚】【優/劣】から多少離れて観(み)る事が何よりも大切になりますのでその旨、何卒宜しく御願い致します。



では始めます。



【私達(アバター・Aの世界)】の世界に従事する際には当然【現実世界(アバター・Aの世界)】での生活を始めの時には疑いすら持ちません。

何故なら【本当の自分(純粋意識・Bの世界)】はそれを大前提として【体験】しているのですから当然と言えば当然です。

でもその選択肢に【シンプルな疑問】が出てきたのなら【現実世界(アバター・Aの世界)】の楽しみ方に新しい【真の選択肢】が登場したと言えるのかもしれません。

この【したと言えるのかもしれません。】と示したのはこの後に繋がる内容になります。
今回の全体的な内容にも多く触れる事ですが実際に【※験解】するのには1にも2にも【実践】が全てとも言えるのです。
(※【実践】を通じて【体験】し【理解】を深めていく造語。以下【験解】と表記)

どうしても【私達(アバター・Aの世界)】は進化の過程上、仮想スペックが発達しすぎて本来在りもしない仮想上の実務経験が全てと認識しがちです。

それ故に正確な情報を捕らえる事自体がかなり困難になっています。



何より【私達(アバター・Aの世界)】は無機質で純粋な【情報】を【自分自身(アバター・Aの世界)】のスペックで処理出来ないとなると仮想レベル内の【何らかの情報】で内部処理し、あたかも【コレだろう】と自己判定し【本来の情報】とは程遠い状態を作り上げてしまいます。

【本来の状態(純粋意識・Bの世界)】から観(み)るには【本来の在るべき側(純粋意識・Bの世界)】から【情報】というものを観なければなりません。

ですが【私達(アバター・Aの世界)】【自分自身(アバター・Aの世界)】の内在している今までに構築した【プログラム(以下PRGと表記)】で無意識に知覚しているのが実の姿なのです。

その為、比喩として申しますが【鏡に映ったもの】を真実と疑わないのはその為なのです。


その中でも【鏡に映ったもの】は【どうしてこのように映し出されたのか?】という【疑問】からジックリと観(み)る事に叶うならばココで始めて【登竜門】の前に立った状態になります。


ですが仮想意識で構築した側から【観(み)る】事や【判断する】事でどうしても陥る状態になると全く【鏡を鏡として観(み)る】事に叶う訳も無く、それどころか【本来在るべき側(純粋意識・Bの世界)】の存在すら気付きません。

コレが古人の有名な言葉で記されています。



【鏡は悟りの具にあらず、迷ひの具なり】…と。




仮想スペック側から観れば…

『コレは誰々の名言だ。』
『ああ、知ってる。』
『これはこの様な意味合いだろう…』
『分かってるさ!』
『意味が全く分からない。』

…と反応は様々でしょう。
ですが【実践】という側を通過すると上記の関連を描き出(い)でる状態全てが【PRG】での仮想側の反応と実感されるでしょう。

言語では端的に表記するのは難しいですが【私達(アバター・Aの世界)】の五感レベルで表すなら【虚】と【実】位の【大きな差】と言うより全く似ても似つかわない別物だという事です。


(仮想スペックでは知り得ないものが実践には存在します。)

この古人の言葉にはそれだけ【鏡に映し出されたもの】には計り知れないリアリティと【私達(アバター・Aの世界)】【現実世界(アバター・Aの世界)】【自分自身(アバター・Aの世界)】という内の部分で構築されている素晴らしい能力なのだという事実を表しています。

逆に【PRG】での仮想スペックで観(み)る事という状態で【鏡に映し出されたもの】を観(み)るという事は【実践】を踏まずして【頭の中で判断する】と単なる【別物の迷路】に陥り、【疑心・迷い・怒り】に陥り易くなります。

その状態で【情報】を扱うと必ずと言っても差し支えない程に【自分自身(アバター・Aの世界)】に都合の良い判断や解釈をされてしまい、【現実世界(アバター・Aの世界)】という名の【自己PRG】に飲まれてしまいます。


この部分において巷にある【ノウハウ関連】に飲まれ手痛い状態を体験される方は意外と多く、決まって【情報を情報】として正確に【無機質で純粋な状態】では観て居られない場合が大半です。

私(卵P)が【ノウハウには罪が無い】というのは、この為です。



当サイト【現実と人生のカラクリ】を道楽的に【情報】として開示したのは【情報の無機質さと純粋な部分】は本来、古来から在るべき【単なる情報】でした。
特に日本は古来からこの部分には非常に特化した不可思議(←伝わっているでしょうか?(;´・ω・`)ゞ )な国民性がそこには在りました。


その部分において【善/悪】【貴/賎】【美/醜】【正/誤】【難/易】【長/短】【明/暗】【高/低】【麗/汚】【優/劣】は介入されずに認識されているのが自然な状態でした。

ただ【私達(アバター・Aの世界)】はそれを忘れているだけなのです。


【私達(アバター・Aの世界)】の中に無意識下で内在する【PRG】は【現実世界(アバター・Aの世界)】を堪能するべき世界を知覚する事に特化しています。

そこに【善/悪】【貴/賎】【美/醜】【正/誤】【難/易】【長/短】【明/暗】【高/低】【麗/汚】【優/劣】は本来繋がりも関連性も在りませんが【私達(アバター・Aの世界)】はそれを良しとしません。

また【5つの欲求】とも非常にリンクし易く、新たな【選択肢】が現れても巧妙に繋げようと【PRG】は躍起になります。

【私達(アバター・Aの世界)】は何故かそれを全く疑問も持たず【実践】からさらに遠ざかっても不思議とは想いません。


それどころか【実践】をしていた筈なのに…


証拠を探したり
仲間を探したり
根拠を提示を求めたり
怒りが沸いて来たり
悲しみに耽ったり
成果が出たと感じたり
結果を振り返ったり
賛同を得ようとしたり
意見を求めたり
寂しくなったり
無理強いをしようとしたり
何かを責めたり
同類に似た者に語りかけたり
事前に結果の保証が欲しくなったり
自己肯定・否定を無駄に騒ぎ立てたり



…とついついしがちです。
            ○| ̄|_(コレが普通です。)


【私達(アバター・Aの世界)】を掻き立てるのは【自分自身(アバター・Aの世界)】が構築した【PRG】である事に気付けるかが鍵となります。殆どの場合は無自覚であり、構築された【現実世界(アバター・Aの世界)】に反応した錯覚状態で存在している状態です。)


ですが【私達(アバター・Aの世界)】【現実世界(アバター・Aの世界)】は常に【自分自身(アバター・Aの世界)】の唯一無二のものです。

そこに純粋に気付くには【実践】を通して【験解】を深めて行くしかないでしょう。


実際に人によってはスピードが異なります。
何故なら【自分自身(アバター・Aの世界)】【現実世界(アバター・Aの世界)】では構築した【PRG】の度合いによっても【差(受け入れ度合いや変更進度も異なる為。)】が生じているので気にする必要性は無いのです。
つまりワークに関しては焦らずジックリと取り組んで行けば事足りるのです。

結局の所、【貴方(アバター・Aの世界)】【現実世界(アバター・Aの世界)】【自分自身(アバター・Aの世界)】のものなのです。

そこに【自分自身(アバター・Aの世界)】を噛ませず真摯に向き合えば次第にノイズが消え奥底が透けて【貴方自身(アバター・Aの世界)】の前に本来の【無機質で純粋】なものが展開されて行くでしょう。

もし【自分自身(アバター・Aの世界)】が1枚そこに噛めば、たちまち【自分自身(アバター・Aの世界)】が構築した【PRG】によって【疑念・疑心・依存・判別・他責・貪欲】を体験し飲まれてしまうのですが冷静に観れば【PRG】の存在に気付く足掛かりにもなるのが実例とも言えるのが皮肉な事実です。


ワークを行っていると、どうしても【孤独感】や【孤立感】は生じます。
ですが【実践】を直向に歩んで行くとこの【孤独感】や【孤立感】の所在や正確な姿が掴める様になります。

そこまで深く観通せる様になると今までのノイズの姿が手に取る様に解る様になります。
初めて【験解】の意味を頭では無く腹で解る様になるのです。


当サイト【現実と人生のカラクリ】に寄せられる御質問等にあらゆる意思が常に垣間観えます。

【私達(アバター・Aの世界)】は常に【5つの欲求】が寄り添っていますが、全て【自分自身(アバター・Aの世界)】が手塩に掛けて構築した素晴らしい産物です。

その【現実世界(アバター・Aの世界)】を更に楽しむ選択肢の一つに【還る】という選択肢を【貴方御自身(アバター・Aの世界)】が決めるのであれば常に真摯に【鏡の映し出すもの】を真摯に且つ純粋に観る事です。


その【映るもの】は常にノイズが走っています。

しかし【自分自身(アバター・Aの世界)】が【そうと決めて歩む】のならば【貴方御自身(アバター・Aの世界)】の【実践】に【験解】の足跡がしっかりと残り、【本来在るべき側(純粋意識・Bの世界)】【世界(純粋意識・Bの世界)】から【人生(アバター・Aの世界)】を楽しめるでしょう。



ただ【実践】を真摯に歩むには初めの内は多少、面倒事が付き物です。
そのノイズに飲まれない為にも私(卵P)は常に以下の想いを真摯に伝えます。




結果が現れても・現れなくても。
良くなっても・悪くなっても。
好ましい結果になっても・ならなくても。
上手くいっても・行かなくても。
嬉しくなっても・悲しくなっても。
集中出来ても・飽きたとしても。
落ち着いても・焦っても。
想った通りになっても・ならなくても。
現状が楽になっても・苦しくなっても。
疑念が沸かなくても・疑念に塗れても。
楽しくても・つまらなくなっても。
現状が楽でも・困難でも。
時間があっても・時間が取れなくても。
やる気があっても・やる気がなくても。
力んでも・リラックスしても。
信念があっても・無念があっても。
都合が良くなっても・悪くなっても。
気分が良くなっても・悪くなっても。
気分が高揚しても・落胆しても。
最高の出来事になっても・最悪な出来事になっても。
状況に変化が起こっても・起こらなくても。
状況が有利になっても・不利になっても。
道半ばで迷いが起きても・起きなくても。
道半ばで信じても・信じなくても。


ただ単に【歩む】事です。
ただ単に【止まっても、再度歩みだす】事です。
急ぐ必要はありません。
止める必要もありません。

それ以外に【意味】を持たないし【意味】を付けない事です。

【※観念】しましょう。 …と。
(※【観念】には2つの意味がありますので御注意下さい。)



【私達各自各様(アバター・Aの世界)】の【鏡】を大切にして下さい。
そこには【本来在るべき側(純粋意識・Bの世界)】のヒントであり答えが常に在ります。



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